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わかりそうでわからない”共感”について(前)

先日、客先で久しぶりにEQの話を伺いました。(昨今、EIと表記されることも多いのですが、EQ(Emotional Intelligence Quotient)はEI(Emotional Intelligence)を測定する指標のことのようです。)

EQというと学生時代にダニエル・ゴールマンの書籍が流行ったことを思い出します。昨今、AIまわりのお話で、エンパシーは流行語化していることもあるのと、20年以上も経つと研究も進んでいるのかなと思い、EIの中でも特に「共感力(エンパシー)」に関する書籍を読んでみました。

まず、ダニエル・ゴールマンの寄稿「共感力とは何か」では「他者に関心を集中するのが上手な経営者は、はたからみてすぐにそうとわかる」という記載が目を引きました。私が重要だと感じたポイントは「他者に関心を持っている」だけではなくそれが「表れている」ことのように思います。

この違いをまず説明したいと思います。「共感」はエンパシーの訳語として使われますが、共感には語弊があるように思いますので、ここからはエンパシーと記載します。

「気持ちがわかって、それが表現されること」をまとめて「共感」だと思われがちですが、そこが分けているのが面白いところでした。今回は2つのエンパシーについて書いてみたいと思います。

認知的エンパシー

まずは、「認知的エンパシー(Cognitive Empathy)」です。これは相手がどのような気持ちになっているのかを理解できるか(認知できるか)を指します。

理解していることと、それが外にでているかは別物です。理解していたら外にでてくると思われがちですが、そうとは限らないのが面白いところです。相手の気持ちを深くわかっていても、一切表に出さないということがあるからです。

もちろん、気持ちの理解は難易度が高く、例えば、年代の違う人や異性、外国人、異なるキャリアを歩んできた人、職位の違う人など、違いがあればあるほど、認知的エンパシーは難しくなります。

情動的エンパシー

一方で「情動的エンパシー(Emotional/Affective Empathy)」が2つ目のエンパシーで、こちらが外に出てくるものです。もらい泣きなどは情動的エンパシーだと思います。情動的エンパシーを示すと、「分かりあえた」という感覚が強く、このことを指して「共感」だと思われているのではないでしょうか。

気持ちは全くわかっていなくても、情動的エンパシーだけを示すことはできます。

一般的に、共感がうまいといわれるのは、情動的エンパシーを示している人だというのも皮肉です。
(ここはもしかしたら理解が浅いかもしれません、エンパシーはあくまでも感情の話なので、感情表現とは切り分けて考える必要があるようにも思います。)

2つのエンパシーからのアナロジーで考えられるもの

これらと類似したものとして感謝や悟りなどが挙げられます。

いずれも理解していることと外に出てくることが別物です。
●感謝の気持ちを深く持っていても感謝の言葉を出さないと感謝していると思われない
●悟りを開いていても愚者のように振る舞っているために外から見ていても覚者に見えない
などは寓話などでもよく目にするでしょう。

2つのエンパシーをマトリクスにすると

ここまでを一旦整理すると、以下のようなマトリクスが書けます。

  1. わかっている×表現できている⇒本来の「共感」
  2. わかっている×表現できていない⇒誤解されがち
  3. わかっていない×表現できている⇒「共感」している風
  4. わかっていない×表現できていない⇒共感できていない

「わかるー」と言葉で表現していても、1なのか3なのかはわかりません。
気持ちを理解していなかったとしても、理解している風に振る舞える人がいることです。
また、2と4も外見上は全く差がありません。
逆に、気持ちを理解していても、表現しない、できない人もいるということです。

ここはしっかりと理解しておく必要があるのかもしれません。

エンパシーはあくまでも「感情」の話

エンパシーはあくまでも自分の内側の感情のお話です。
なので、厳密には行動とは異なるものです。
例えば、他者に何かをしてあげたいという感情、その結果、具体的に何か行動するといったものをどう扱えば良いのかなどがあるかと思います。

少し長くなりましたので、次回もうひとつのエンパシーである「共感的認知」について書きたいと思います。

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