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目標設定学習ツールの開発背景(後)

SMARTという毒餃子を再整理する

目標設定、特に業績目標の設定で最も有名な用語は「SMART」だ。SMARTの登場頻度は高く、疑ってはいけない金科玉条のように見えることすらある。ただ、目標管理の研修で目標設定の説明を聞くと、チャレンジングや、範囲の明確化などSMARTに含まれないものも目にする。なぜSMARTはそれをカバーしていないのだろうか。結論からいうと、SMARTは毒餃子だ。まずは、金科玉条であるSMARTを疑うところから始めたい。

まず、前提知識を整理しておこう。私は、SMARTを以下のように教わった。

  • 明確な・・・・・・ Specific
  • 測定できる・・・・ Measurable
  • 達成できる・・・・ Attainable
  • 関連した・・・・・ Relevant
  • 期限のある・・・・ Time-bounded

ただし、SMARTには諸説ある。頭文字が同じで構成要素の異なるものが多々ある。また、SMARTは単語の羅列に過ぎずMECEでない。MECEでないものは、フレームワークとは言いづらい。同じものを議論しているようで別なものを議論している可能性があることは認識しておく必要があるだろう。

毒餃子と書いたのはそういうことだ。私たちは、餃子を食べにいったら、中に肉が入っていることを当然と感じる。ただ、SMARTは、表側だけ整っていて、中身がよくわからない上に、結構怪しい毒のようなものも見かける。毒餃子である可能性が捨てきれないなら開けて確かめないと議論ができない。共通認識が持てないものは危ないのだ。

SMARTには諸説がありすぎる。いろいろな人が付加価値を付け加えようとして肥大したのだろう。まずは、標準的(と私が考える)なSMARTの要素とそれ以外の要素を絡めて、肥大した要素をすっきりさせたい。

「明確な」は「期限がある」ことを含意する

「明確な」というのは、解釈の余地がない状態を指す。例えば、範囲も程度も基準も期限も明確ということだ。よって、「期限のある」は「明確な」に含まれる。分けているのは、おそらく、あえて重要なものを切り出すためだろう。また、明確になれば「測定できる」とも言えよう。測定のしやすさは、定量的もしくはものさしと照らして判断できるか否かである。つまり、明確だから測定できる。ここまでをまとめると、「明確な」は「期限のある」ことを含意しているし、「明確な」の結果として「測定できる」ことになる。「明確な」は「期限のある」の上位概念であり、「測定できる」の原因なのだ。「明確な」「期限のある」「測定できる」の中心概念は「明確な」としよう。ここではSMARTの構成要素の2つを統合できた。

達成可能性は、達成不可能性を含意する

次の「達成できる」は面白い言葉だ。「達成できる」は必ず達成できるという意味ではなく、達成できる可能性がある程度あるということだ。良い目標とは「達成できる可能性がある程度なくてはいけない」ので、暗に高すぎる目標を諌めているのと同時に、低すぎる目標(「現実的な(realistic)」)を諌めているのが興味深い。つまり、簡単すぎてもいけないし、難しすぎてもいけない。「チャレンジング」を指していると考えられる。

チャレンジングは、仕事の難易度と自分のスキルがマッチしていることとほぼ同義である。「フロー理論」とも符合するが、「目標設定理論」によると、チャレンジングは動機づけにつながるとされるのでわかりやすいだろう。

「達成できる」は、やや範囲が狭いので、ここでは、「達成できる」を包含する上位のラベルとして「チャレンジング」を採用したい。

上司と合意が取れる目標とはどのような目標か?

最後に「関連した」は、「業務」関連性と言われることが多い。ただ、ルーチン業務は「目標」に含まないことが多いため、これは、会社の目標と連動した業務と考える。会社の目標と連動するということは成果創出を求められるということだ。よって、「業務関連性がある」とは「(会社の目標と)関連する」と捉えてよい。会社の目標と関連するためには、常に成果志向(result-oriented)であり戦略的(strategic)でなくてはならない。また、目標が会社の業務と関連していなければ、上司と合意できないだろう。上司と「合意が取れる」状態、つまり成果志向であり、戦略的かつ会社の目標や業務と関連する状態が3つ目の要件だ。

こうして、様々なSMARTの要素を整理すると、「明確な」「チャレンジングな」「合意が取れる」の3つに分類できる。

崩れ去ったカレイド流「目標の3要件」

当社の目標管理の研修では、これらをわかりやすい言葉にして、

  • わかりやすい
  • ハマれる
  • 握れている

を目標の3要件としていた。「していた」と書いたのは、今回の開発で新たな発見があり、構成を変えたからだ。新たな発見とは、3要素の層の違いである。

明確なものはすなわち「わかりやすい」と考え、「わかりやすい」という言い方をしていた。次に、チャレンジングな目標は動機づけにつながるという目標設定理論やフロー理論から、「ハマれる」目標が重要だとした。最後に、上位方針と連鎖し、上司と部下の間で、その目標を達成すれば会社成果に貢献できることが確認できれば、上下の合意が得られる。わたしたちは合意を取ることを「握る」と呼んでいるので、3つ目の要素を「握る」としていた。ところが、これら3つは層が違ったのである。

ダブルループとシングルループ

ここからは、その層の違いを書きたい。開発背景に記載した、「範囲・程度・基準・期限」は、目標を明確化する重要な観点だ。ところが、さきほどの「わかりやすい・ハマれる・握れている」には範囲や基準などが含まれていない。これはどういうことだろう。これを考える際に、ダブルループ・シングルループの考え方を援用した。認知度は低いかもしれないが、今回「13GOALS」に同梱した「目標設定概念図」にも登場するし、組織論でもよく頻出する重要概念なので、理解していただきたい。

ダブルループとはクリス・アージリスが提唱した考え方で、現状の目標(シングルループ)を疑う考え方である。目標設定の注意点に属する数々の項目には、目標そのものの是非を問う「ダブルループ型」と、目標を改善する「シングルループ型」の2つがある。わかりやすくなるかわからないが、一般的な表現をすると、ダブルループ型はDo the right thingであり、シングルループ型はDo the thing rightに似ている。

シングルループ型だけを繰り返していると、やっていた理由や目的を次第に見失うことがある。そうすると、会社の方針が変わっても、同じことをやり続けたり、すでにその活動を始めた理由が喪失しているのに、その活動を優先し続けたりする。こうした際は、「そもそもなんのためにやってたんだっけ?」とダブルループで目標の是非を問うことを忘れてはならない。目標はシングルループとダブルループを行き来しながら精緻になっていくのだ。

一旦整理をしよう。全て私が命名しているので、言葉が荒い点はお詫びしたい。

■ダブルループ型(目標の是非を問うもの)

  • 戦略合致度(会社目標・成果・業務)
  • 上位方針との連動を問うもの(業務関連性)

  • タスク難易度(挑戦性)
  • チャレンジング・チャレンジ性を問うもの

  • スキル合致度(達成可能性)
  • 自分のスキルと合致しているかを問うもの

  • 達成意志合致度
  • 自分自身がやる気になるかを問うもの

これらは、上に行くほど組織レベルの話になり、下に行くほど個人レベルの話になる。あえて乱暴に分けるなら、上2つはmustであり、スキル合致度はcan、達成意志合致度はwillだとも言える。

■シングルループ型(目標を補足・明確化するもの)

  • 範囲
  • 基準
  • 程度
  • 期限

ここまでを整理したところ、「わかりやすい」ことと、「ハマれる」「握れている」ことはレイヤーが違っていた。前者はシングルループで行う活動の総称であり、後者はダブルループの代表的な問いであった。そのため、レイヤーの違いを理由にカレイド流「目標の3要件」はお蔵入りになったのである。

目標設定の初期段階では、目標は不明確で良い

目標設定の手順は3つある。何かを思いついたら、まずは、ダブルループの要件を満たすことを確認する。次に、ダブルループの要件を満たした目標をシングルループで改善し、明確にする。最後にダブルループの要件から外れていないかを確認する。この手順で目標は良いものになっていく。

目標の原型は思いや掛け声やスローガンである。まずは、粗いものからスタートする。はじめに、「その目標はざっくりいうとどのようなものか」「何を目指しているのか」を考え、それがダブルループの問いに答えられるかを確認する。これに答えられない目標は成果につながらず、「犬の道」を歩む目標だ。

こうした目標の「原石」には多くの場合、「立ててはいけない目標」として挙げられがちな向上・強化・改善・解消・創出・継続などの言葉を含むがそれで良い。ダブルループの問いに答える時点では、「業務処理能力の向上」などで問題ない。これらはあくまでも目標の原石だ。想いの入った熱量のある原石は磨かれた状態ではでてこないため、はじめが大きい状態であることは悪いことではない。まずは、目指すものが出てくることが最も重要である。ただ、目標にするためには明確化を行う必要がある。原石をシングルループで「明確化」してはじめて目標の体裁が整う。原石を目標としてはいけない。

残念ながら「13GOALS」ではダブルループはゲームに入れられなかった。ダブルループを扱うと、スキルレベルや役割に応じた行動、上位方針や戦略などの様々な前提情報を入れ込む必要がでて、煩雑でイメージしにくいものになるから、また、企業ニーズが「目標の明確化」にあるからだ。「13GOALS」ではシングルループ型の「目標の明確化」を中心に扱い、一部を「目標設定概念図」で紹介するに留めた。

→目標設定学習ツール「13GOALS」はこちら

さて、ここで一旦、大きくテーマが変わる。次は、定量目標と定性目標を詳述する。

定性目標と定量目標

定性と定量という言葉は、一般社員には認知度が低く、わかりにくい言葉のようだ。ただ、目標を語るにあたっては、これらを扱わなければならない。目標には、定量が好まれる目標(プロフィットセンターに多く見られる)と、定性的で到達状態を書くしかない目標(コストセンターに多く見られる)がある。すべて定量化しようとする人もいるが、どうやっても定量化できないものもある。ゲームとしては定量化だけなら作りやすいが、定性的なものも扱わなければ十分ではないだろう。定性的な目標の定義は、書籍を見ても、過去に接した制度系の研修講師の説明を聞いても、「これだ」と思えるものがない。抽象的なものが定性で具体的なものが定量だという怪しいものも散見され、鵜呑みにせず考える必要があった。

まず、定量と定性の違いは、基本的には量と質の違いだ。大辞林で定性を調べると「数値・数量で表せない様」とある。とすると、定性的目標を定量的に表すことはそもそも不可能だ。定性的とは本来は、書き振りが不明確で数字が入っていないという意味ではなく、どうやっても数値化が難しいものだ。しかし、評価に関する書籍では、「定性的目標は定量的に・・・」と書いてあったりする。ここはきちんと区別しなければならない。原義からすると、定性的な目標は絶対に定量化できない。定量化できるとするならば、それは単に曖昧な目標や、スローガンなのである

そもそも量と質という言葉はわかりそうでわからない。今回の開発での大きな発見は、「基準」と「程度」が「質」と「量」と強く関連していることだ。英語では、質(quality)は、a measure of excellence or of state of being、すなわち「ものさし(measure)」や「状態(state)」である。要するに、基準(もしくは状態)のみで程度の記載ができないものが質的、つまり定性的な状態であり、程度が記載できるものが定量的な状態である。例えば、「企業内大学を卒業できている」や「OJTのトレーニーを一人前に育てられている」は定性目標だ。(スローガンは目標になっていないので、定量・定性以前の問題だ。このように考えると、具体的でない抽象的な目標が定性なのはおかしい。)

また、観点「基準」を数値基準と状態基準に分ける考え方がある。これは、「基準」と「程度」を分離しない考え方だ。数値基準は、基準に程度を加えて、定量的に書くもの、状態基準は基準に程度を加えず、measureやstateでしか表現できない状態だと考えやすい。

目標設定における3つの困難

今回、開発中に発見され、ゲームには入れきれなかったが、現実には起こりうると感じることが3つある。

まずは、1つの目標の中に結果と行動のいずれも入るケース。次に、目標の中に複数の行動が入るケース、最後に目標の中に「頻度」が入るケースだ。

まず、1つの目標の中に結果と行動のいずれも入るケースだが、こうした目標は存在する。例えば、「毎朝6時に起きて高1の数学を勉強し、期末試験でクラスの上位10位に入る」といった場合、勉強するという行動なのか、上位に入るという結果なのかが分かれている。片方を達成できていて、片方を達成できなかった場合に、コンフリクトが起きる。現実には、上位10位に入れていれば問題ないだろうが、これは「まぐれ」かもしれない。そのため、評価制度が整っている会社であれば、「分け方」や「評価方法」が定まっているだろうが、架空の事例となり、運用ルールもないゲームや、日常の目標ではやや混乱を招くと考えた。

次に、目標に複数の動詞が入るケースだ。複数の動詞が入ると、片方を達成していて片方を達成していない場合の扱いが分からない。例えば「毎朝6時に起きて高1の数学を勉強」であれば、6時に起きたが勉強しなかった場合の扱いに悩む。これも入れなかった。

最後に、目標の中に「頻度」が入るケース(ルーチン業務)も入れなかった。会社によっては、ルーチンを目標に掲げることもある。ただ、ルーチン業務を目標設定することは多くない。今回は、ルーチン業務は、目標外として扱った。ただ、バックオフィス業務では頻度もしくは100%達成が求められるため、それを目標にすることもあるだろう。目標管理制度上では目標になりえないが、個人的な目標にはなりうるのである。ただ、頻度は、例えば、週に1回という場合は、やらなかった週が1度でもあれば未達となるのか、それとも平均して1回行えていれば良いのかなどがわかりにくい。このため、入れなかった。

上記の3つの運用に関しては、御社内でルールが定まっているようであれば、是非応用編としてスライド作成などに挑戦していただきたい。評価者のトレーニングとしても、制度設計においても面白い題材になるはずだ。

【参考】様々なSMARTの整理

以下は、前述した様々なSMARTの要素を当社の目標の3要件に当てはめたものである。

  • わかりやすい
  • ・明確な/測定できる
    ・合理的な/検証可能な/測定できる/追跡可能な/行動を促す
    ・期限のある

  • ハマれる
  • ・動機づける
    ・難易度:達成できる/実現可能な⇔志が高い
    ・スキル:資源がある

  • 握れている
  • ・戦略的な/会社の目標に沿った/今取り組むべき/急を要する/関連した/成果に基づいた
    ・同意している

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