昨今、製造現場の研修に関わることが増え、危険予知トレーニングが話題に出ることが増えました。
危険予知とは、危険を回避するために、それを予知することを目的とします。具体的な活動そのものではなく、具体的な活動を行うための思考活動を指しますが、具体的な活動を考えるものという誤解もありそうです。(危険予知トレーニングは、頭文字をとって、KYTやKYトレーニングと呼ばれることもあります。)
当社は危険予知トレーニングの専門家ではありませんが、危険予知トレーニングと隣接する分野についてはかなり経験があります。例えば、プロジェクトマネジメント研修の一部ではリスクを扱います。また、意思決定の分野でもリスクに言及することがあります。ほかにも、リスクマネジメントの研修開発の経験もあります。
隣接領域については、別のコラムがありますが、危険予知トレーニングについてはこれまで書いたことがありませんので、詳しく書きたいと思います。
危険予知は、知覚と認知と判断の3ステップに分かれる
危険を予知するとは、そもそもどういうことなのでしょうか。危険予知という単一の活動があるように思えますが、単一の活動があるわけではありません。前述の通り、危険予知とは、具体的な活動を行うための「思考活動」です。思考活動は、知覚・認知・判断の3ステップに分かれますから、危険予知のステップも同じ知覚・認知・判断の3ステップに分かれるのです。
知覚
危険を予知するには、まずは知覚から始まります。危険かどうかを判断する材料として、目に見えたことや、感じたこと、起こっていることなどを知覚する必要があります。例えば、焦げ臭い、ズレている、歪んでいる、変色している、粒が粗いなど、五感を中心とした知覚が起点となります。
認知
次に、認知です。同じものを見た(=知覚した)からといって、それを危険と捉える(=認知)かどうかは人それぞれの主観によります。見た人次第なわけです。このため、知覚した事実をどのように認知したのかが論点になってきます。よく、「気づいていた(=知覚していた)が危ないと思わなかった(=認知)ので言わなかった(=判断)」ということがありますが、危ないと思わないのは「認知」の話です。
判断
最後に、判断の話です。もし「危ない!」となった場合は、具体的に「どうなるか(予測)」「手を打つべきか」「どう手を打つか(判断)」を考えることになります。つまり、「危なそうだ、このままだと事故になる(予測)、手を打とう、まずは機械を止めなければ(判断)」となります。思考プロセスとしては「判断」のみですが、判断をもう少し細かくすると、良くない結果を予想できなければ対処の要否が判断できず、対処が必要でなければ具体的な行動内容を判断することはありません。予測して、要否を検討した上で必要となるから判断を下すのです。(これらを「予測判断」という形でまとめることもあります。要否判断は判断に含まれますね。)
危険予知トレーニングの素材の話-使うのはイラストだけではない
危険予知トレーニングは、上記のステップを段階的になぞって進めていくのが良いと思っています。進めるには、「素材」が必要です。
危険予知トレーニングにおいて、危険を知覚するための素材には、イラストが使われることが多いと思いますが、テキスト・イラスト・画像・動画・現場(現実)があります。(もしかしたら現場によっては「音声」もあるかもしれません。)
これらを改めて考えることもあまりないと思いますので、整理してみましょう。どのように性質が違うのでしょうか。
答えは抽象度です。抽象度の違いを一つずつ見てみましょう。
テキスト
まず、一番目はテキストです。テキストは、私が今書いているコラムがまさにそれにあたりますが、色もなければ具体的な情景も想像しにくいと思います。テキスト情報で具体的な情景を想像できる人は文字情報という抽象化された情報から具体的な情景を想像できる具体と抽象を行き来できる思考力のある人です。よく研修で使われるケーススタディも基本的にはテキストが中心です。
イラスト
二番目は、イラストです。イラストは写実的なものもありますが、それであれば写真を撮影すれば十分で、わざわざ人力でイラストを描く必然性がありません。このため、写真のようなものから趣旨にそぐわない情報を捨象したものがイラストとなります。これは意図が明確(危険と伝えたいこと、もしくは意図的なノイズ)です。私たちがゲームのカードでイラストを多用するのはこうした事情があります。
写真
三番目は、写真です。写真はテキストやイラストと比べ、簡単に撮影できるという点で、メリットはありますが、テキストやイラストと比べると情報量が多くなり、ノイズ(=関係のない情報)も多くなります。ときには、意図に沿った写真を撮るくらいならイラストを描いてもらった方が良いということもあります。
動画
四番目は、動画です。動画は、写真と同じく現実に近いものです。写真と比べると「時間軸」があるのが特徴的です。時間軸があることで危険でなかったものが危険な状態に変化していく様子などを伝えられます。
現場
最後が現場(現実)です。現場は、動画にはない触感や臭いを感じられるほか、視界も360度と広くなります。つまり、五感すべてで状況を捉えられる最も具体的な素材です。ただ、その分、情報量は多くなります。
ここまでご覧いただいていかがでしょうか。テキストは抽象度が高い一方、情報量が少なく、現場は抽象度が低く具体的な一方、情報量が多いのです。(音声情報については、今回は視覚に絞りたいため除外しました。)
こうした素材を研修の参加者が見て、吟味するところから危険予知トレーニングは始まります。
なんでもないような出来事から危険を洗い出すから予防できる
次に、こうした素材を見て吟味した後が、危険予知トレーニングの本領です。上述の思考活動のうち、「認知と判断」がここにあたります。
一つの素材を見て、そこで起きている事実を確認します。数々ある事実の中でいくつかには危険が潜んでいます。危険は1つとは限りません。なので、危険をできるだけ多く洗い出します。これにより、危険の内容を「予め知る」すなわち予知することができるのです。
もちろん、「危険だ!」と認識するだけで、それを放置するのでは十分ではありません。具体的に危険が現実に起きるのをどう予防するかも重要ですので、予防策までを範囲とすることもありますが、基本的には思考活動を危険予知トレーニングというのです。
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カテゴリー: 代表コラム
公開日: 2025年8月25日