昨今、製造現場の安全に関する相談を受けることが増えている。その中で感じるのは、製造現場における各種の取り組みが、必ずしも心理的安全性を前提にしていないのではないかということだ。
安全文化をつくる第三者介入 ― 製造現場における心理的安全性の視点
私たちはハラスメント研修を扱っている。そこで特に重視しているのは、研修参加者を潜在的な「加害者」として扱わないことである。多くの研修では「あなたたちはハラスメント加害者になるかもしれない」という前提で進められる。これはいわゆる「ホラーストーリー型」の手法だが、この方法ではハラスメントを減らす効果がないことが研究で明らかになっている。
では、どうするか。私たちが採用するアプローチは、当事者間に「介入」し、第三者が「ヒーロー」になるという考え方だ。これを「第三者介入」という。(介入というと難しいので、「声掛け」で良い。)第三者介入は心理的安全性が高いが、そうでないと、加害者扱いされた社員は職場への反発を強め、むしろ問題行動を増やすことがある。特にハラスメント傾向が強い人ほどその傾向が強まるのである。
翻って、製造現場における安全対策を考えてみると、安全対策はホラーストーリー型であることが多く、第三者介入の視点が十分に取り入れられていないのではないかと感じる。
歴史から見る安全の仕組み
江戸時代には「五人組」という制度があった。これは治安維持や年貢の納入を目的とした連帯責任制度で、実質的には相互監視の仕組みであった。現在でいえば、密告制度に近い。これに替わって、明治期に近代的な警察が整備され、犯罪者を取り締まる仕組みが整ったことで五人組は役割を終えた。(ちなみに、戦中に逆行し「隣組」というものができた。どういう時代背景で生まれたのかは言うまでもない。)
しかし、警察ができたからといって犯罪は大きく減ったわけではない。警察は基本的に「犯罪が起こってから」対処する仕組みであり、犯罪を抑止する力は限定的で、抑止につながるのは、警察が存在するという事実(「何かしたら捕まる」)や、パトロール(「あそこに警察官がいる」)である。
現代日本で犯罪抑止を担っているのは、地域のコミュニティである。しかし、隣に誰が住んでいるかわからないような希薄なコミュニティではこの抑止力が十分に働かない。逆に、顔の見える関係がある地域では犯罪が起きにくい。つまり、犯罪の抑止には「声を掛け合える関係性」が欠かせないのだ。
では、コミュニティはどのように形成され、良くなっていくのだろうか。コミュニティは誰かが押し付けて作られるものではない。自然発生的に仲の良い集団の中に生まれ、時代と共に変質していく。そうすると当初の「仲の良い」関係は意図的に作らねばならないものになっていく。成員間に声をかけやすい関係があるかどうかが重要になってくるのだ。
仲の悪い相手に注意することは難しいし、シャイで声を上げない人に声掛けを促すのも容易ではない。
製造現場ではどうするか
この話題を製造現場に重ねて考えてみよう。
「あなたたちは事故を起こすハイリスク人材かもしれない」と扱われれば、社員は「この職場は自分を信頼していない、認めていない」と感じ、心証は悪化する。そうなると、事故が減るどころか、むしろ現場の安全意識を損なうかもしれない。
大切なのは、「あなたたちは職場の事故を減らすヒーローだ」という基本スタンスをきちんと伝えることだ。その上で、「どうすれば仲良い関係を築くことができるか」「どのように言えば相手を傷つけずに指摘できるのか」という表現の「技術」を学ぶのが有効だ。
更に、「何をいうか」という内容面については、KYT(危険予知トレーニング)などで検討すればよいのである。だが、それだけでは不十分だ。大切なのは「声掛け」を自然に行える関係性を築くことが前提となる。また、第三者介入という心理的安全性の高いアプローチを現場レベルで意識変化することが必要ではないだろうか。全員がヒーローになれる環境を整えることが、製造現場の安全文化を強固にする近道なのではないかと思う。
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公開日: 2025年9月30日