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全社必須の教育はeラーニングで本当に良いのか-義務化された研修は「歩留まり」を考慮する

全社必須の教育はeラーニングで本当に良いのか-義務化された研修は「歩留まり」を考慮する

義務化されると、いちばん安い方法が選ばれる

パワハラ防止措置が義務化され、カスハラ対策も義務化されました。法律で求められると、人事や総務の方はまず「全員に、確実に、実施した記録を残す」ことを考えます。そうなると選ばれやすいのは、時間とお金のかからない方法です。eラーニングを配信する。講師を呼んで全社セミナーを一回開く。修了率100%、参加者数○百名。記録の上では、確かに「やっている」ことになります。

ただ、ここで一度立ち止まって考えたいのです。なぜこれが、法律にしなければならないほど重要なことになったのか。

法制化は「放っておいたら変わらなかった」ことの証拠

法律で義務づけられるのは、各社の自主的な取り組みに任せていたら、被害がなくならなかったからです。言い換えれば、「知識として知っている」だけでは止められなかったということです。

パワハラをしてはいけないことは、ほとんどの管理職が知っています。不正な取引がいけないことも、知っています。それでも起きるのは、数字のプレッシャーがあり、関係を壊したくない相手がいて、「今回だけ」「指導のつもりだった」と自分を正当化できてしまう状況があるからです。知識は、この状況そのものには効きません。

そう考えると、義務化への対応を「知識を配って記録を残す」ことで済ませるのは、法律がわざわざ乗り出してきた理由と、ちょうど逆を向いていることになります。

答えが出回っても、「やっている」

eラーニングには、たいてい確認テストがついています。理解度を測るためのものですが、各自が都合のよい日に取り組む以上、先に終えた人から「今回の答え、これだよ」と回答が出回るのは避けられません。全員が同じ日に一斉に取り組まない限り、そうなります。あとの人は中身を見ずに正解を入力して修了する。

それでも、記録の上では全員が合格し、「教育を実施した」ことになります。テストが測っているのは理解ではなく、正解を入力できたかどうかになってしまっているのに、です。

皮肉なことに、回答を共有して形だけ済ませるという行動は、コンプライアンスが防ごうとしているもの、つまり「ルールの趣旨より、形を整えることを優先する」振る舞いそのものです。教育の場で、その練習をしてしまっているとも言えます。

セミナーは、動画と変わらない

「eラーニングでは不十分だから、講師を呼んでセミナーをやっている」という会社もあります。数百人に一度に伝えられ、話の上手な講師なら満足度も高い。

ただ、構造として見ると、セミナーは動画とあまり変わりません。講師が話し、参加者が聞く。情報が一方向に流れ、帰りの電車では別のことを考えている。内容がよくても、参加者の側で「自分ならどうするか」と迷う時間がほとんどないのです。

ゲームの中で起きること

ゲームでは、参加者は話を聞くのではなく、状況の中に置かれます。達成しなければならない数字があり、自分にしか見えていない情報があり、相手との関係がある。その中で判断を重ねていくと、気づいたときには「これくらいなら」と線を越えている。そういうことが、実際に起きます。

大事なのはその後の振り返りです。「なぜあのとき止まれなかったのか」「誰かに言えるタイミングはあったか」を話し合う。自分の口から正当化の言葉が出たことに、自分で気づく。「知っていたのにやってしまう」という経験を、失うもののない場所で一度しておくことに意味があります。

しかも、ゲームには出回る「正解」がありません。その場で迷い、判断した経験そのものが学びなので、人から答えを聞いても意味がないのです。

「あ、これ、あのとき研修でやったやつだ!」

私たちはこれを、社内で「進研ゼミ効果」と呼んでいます。テストの問題を見て「これ、ゼミでやったところだ!」と気づく、あの感覚です。

職場でグレーな場面に出くわしたとき、問題を防げるかどうかは、その瞬間に「これはまずいかもしれない」と思い出せるかどうかにかかっています。知識を持っていることと、必要なときに思い出せることは、別のことです。

思い出すためには、きっかけが要ります。eラーニングやセミナーで得た知識は、「パワハラとは〜である」という文章として頭に入っています。けれども現実の場面は、定義の形でやってきません。締め切りが迫り、部下がミスを繰り返し、つい声を荒げそうになる。そういう状況として、やってきます。

ゲームで学んだことは、最初から状況とセットで記憶されています。数字に追われていた感覚、相手との関係、そのとき自分が口にした言い訳。だから、職場で似た状況に置かれたとき、その状況そのものがきっかけになって「あ、これ、あのときのやつだ」とよみがえります。ここで一度立ち止まれるかどうかが、起きるか起きないかの分かれ目です。

同じ職場の人と一緒に体験していれば、「それ、あのゲームの場面と同じじゃない?」という一言も生まれます。自分が思い出せなくても、隣の人が思い出させてくれるのです。

ちなみに、出回った答えを入力して修了した人には、思い出すものがそもそもありません。

見るべきは「歩留まり」

ゲームを使った研修を社内で回せるようにする、いわゆる内製化は、講師を一回呼ぶセミナーよりは費用がかかるかもしれません。社内の進行役を育て、教材をそろえ、少人数で何回も実施する必要があるからです。

その代わり、全員に深く浸透します。数百人を一度に集めるセミナーでは、話を聞いただけで終わる人が必ず出ます。少人数のゲームでは、一人ひとりが判断を迫られ、振り返りで自分の言葉を話すので、聞き流して終わる人がいません。

比べるべきは「一人に伝えるコスト」ではなく、「一人の行動が変わるコスト」です。つまり、歩留まりです。

数百人に一度に話しても、職場に戻って行動が変わる人がわずかなら、一人あたりの費用が安くても、行動が変わった一人あたりのコストは高くつきます。逆に、手間をかけても多くの参加者が「迷ったら相談する」「おかしいと思ったら口に出す」ようになるなら、そちらのほうが結果として安い。

内製化にはもう一つ利点があります。進行役を務める社員自身が、回を重ねるごとにいちばん深く学び、職場の中で問題に気づく担い手になっていくことです。外から来た講師は、セミナーが終われば帰ってしまいます。

研修の手段は、会社の姿勢を伝える

もう一つ、正直に書いておきたいことがあります。ゲームで研修をしている会社の結果が良いのは、ゲームの効果だけではありません。全員から時間を確保し、管理職も一緒に参加する。その時点で、現場には「会社は本気でこれをやるつもりだ」というメッセージが伝わっています。

反対に、選んだ理由が「手間がかからないから」なら、その手間のかからなさ自体が「形式を満たせばいい」というメッセージとして現場に届きます。研修の手段は、中身を運ぶだけでなく、会社の姿勢を伝えるメディアでもあるのです。

「やっている」から「起きない」へ

義務化は、記録を残すための教育を求めているのではなく、起きない職場をつくることを求めています。修了率や合格率ではなく、職場での行動がどれだけ変わったか。その歩留まりで研修を選び直してみてはいかがでしょうか。

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